誰が為に

※ペトラ妹










「姉さん!」


初めての壁外への遠征直前。
よく見知った後ろ姿に駆け寄ると、振り向いた彼女は大きな目を真ん丸く開いて驚きの声を上げた。


「な…っ、ナマエ!?」
「えへへー、久し振り!姉さん!」
「ひ、久し振りってあんた、なんで此処に…っていうかその服…!」


飛び付いた私の肩を引っ掴んで、頭から足の先までを忙しなく見やるペトラ姉さん。
驚きに最後まで言葉が続かない姉さんに、私は兵団の証である敬礼をしてみせた。
あっ、私今ちょっとドヤ顔かもしれない。


「第104期生、ナマエ・ラル!この度の壁外調査より、調査兵団に配属されました!」
「なっ…!!」


びしっ、とそう決めてみせると、姉さんは更に目を見開いた。
姉さんは元々喜怒哀楽がはっきりしてるけど、こんなに驚いてる顔は珍しいな。
どっきり大成功!みたいな気分になって、少し優越感。
うんうん、姉さんに内緒で訓練生に志願した甲斐があったってもんですね。






「ひゃ、104期生って…調査兵団って…!」
「ん、そうだよ!」
「解ってるのあんた、兵士だよ?巨人と戦うんだよ?」
「やだ、姉さんってば!いくら私が馬鹿でもそれくらい知ってますー」
「しかも調査兵団って!私達は壁外にも行くし、下手したら死ぬかもしれないのよ!?」
「……それも、ちゃんと解ってるよ。私たちが行く場所が、どれだけ危険なのか」
「だったらなんで…!」
「だって、姉さんがいるから」
「…!」


叱るような口調の姉さんに、私はさも当然のようにそう告げる。
否、私にとっては至極当然のことなのだけど。
私は、姉さんがいるから、調査兵団に入ったのよ。そう言って、姉さんの手に自分の手を重ねた。


「昔からそうだったでしょう、私。いつも姉さんの後ろを付いて回って、姉さんの真似ばかりして…何をするにも、姉さん、姉さんって」


姉さんみたいに、可愛くなりたい。
姉さんみたいに、優しくなりたい。
姉さんみたいに、強くなりたい。
いつだって、私の目標は姉さんだった。
たとえどんなに厳しい試練でも、姉さんがその向こうで笑っているから。
いつだってそこを目指して、そこに辿り着きたくて、必死に努力を重ねてきた。
それは幼い頃も、姉さんが兵士になった時も、姉さんを追いかけて訓練生になった時でも、変わらず私の生きる糧だった。
もちろん、卒業して調査兵団入りを果たした今だって、それは同じである。


「私ね、姉さんに追い着きたくって、今まで頑張ってきたんだよ。姉さんの隣に並ぶ為に」
「ナマエ……」


嬉しそうに、けれど少し悲しそうに微笑む姉さんに、私も笑顔を向ける。
そんなに心配しないで。
私だって、もう何も出来ない子供じゃないよ。






「……ねえ!それより、どう?姉さんとお揃いの団服、私も案外似合うでしょ?」
「似合うでしょって…」


肩を捕らえる姉さんの手を逃れて、くるりと一回転してみせる。
そんな私を見て、姉さんは怒ったような喜んだような、極めて複雑な顔をした。
姉さんがこの顔をする時は、大体私を甘やかしてしまう時だ。
眉尻を下げて、呆れたような目をして、けれど口元は柔らかく弛んでいる……ああ、姉さんは、昔から変わらないな。


「……っもう!相変わらず可愛いなあナマエは!あんたは何着たって似合うわよぉ!」
「えへへー」


どうやら姉バカは健在のようで、へにゃりと頬を緩ませて私に抱き付いた。
それが嬉しくて、私もぎゅうっと抱き返す。
昔は頭一つ分高いところにあった姉の顔は、今では私のほぼ真正面に位置している。
その肩に顔を埋めれば、姉さんはくすぐったいわ、ところころ笑った。




「あのね、私、姉さんが自慢できるくらいに、すごい妹になりたいの」
「すごい妹って何よ?」
「えーと……すごい頭いいとか、すごい強いとか…なんかすっごい才能持ってるとか?」
「あー、それ多分あんたには程遠い妹だわ」
「えっ!ひどくない!?」
「ふふっ…そんな心配しなくたって、あんたはそのままでいいの」


今のままでも、ナマエはもう充分、私の自慢の妹なんだから。
そんな姉さんの言葉があんまり嬉しくて、少しだけ目鼻の奥がつんとした。
ふんわりと微笑む姉さんは、とてもきれいだ。
慈愛に満ちたその微笑みはまるで女神のようだと、私は幼い頃から思っていた。
そして、その女神の微笑みを、私の手で守れたらどんなに幸福だろう、と。




「私、姉さんのような立派な兵士になりたいわ」


そう言うと、姉さんは少しだけ悲しそうな顔をして笑った。










誰が為に




(叶うならずっと、姉さんと共に)